心優しい人が「自分が悪い」と思い込まされてしまう

心の優しい人が、他人を利用しようとする人や不機嫌な人たちによって、自分が悪いと思い込まされてしまう例について書きます。あなたは悪くないよと言ってくれる人が周りにいなかった方に向けて。

  1. 汚い言葉や強い口調で話す人、不機嫌な人
    そのような人に会うと、萎縮したり、気を遣ってしまうことがあります。相手の機嫌を損ねないようにビクビクしてしまうこともあります。こちらがしてしまったのかと思うこともあります。もしかしてあれが悪かったのかな、と自分の中に原因を探してしまう時もあるでしょう。もちろんそういうこともなくはないかもしれませんが、普段から発言に人一倍気を遣い、相手のことを思いやる人が、一般的な人以上に相手を常に不快にしてしまうということはほとんどありません。
    必要以上に汚い言葉や強い口調で話す人、理由もわからず不機嫌な人は、私たちのせいでそうなっているのではありません。綺麗な言葉で丁寧に相手に自分の考えを伝える能力がない残念な人たちです。話の中身ではなく声の大きさや威圧感といった外面でのみしか勝負できない人たちです。一部の人はそう言った外面で、なんかすごい人だ自信のある人だと判断しますが、ちゃんと物事を見られる人は、中身のなさに気がついています。また、機嫌の悪さをあからさまに人にぶつけるのは、言葉で自分の感情を表現する力がなかったり、自分で感情を受け止める能力のない人であり、その辛さを周りの特に優しい人に背負わせようとする卑劣な行為です。
    (もちろん、普段普通に優しい人が、不機嫌だったり、強い口調になっていたら、上述のようにその人のおかしさ、と捉えるのではなくそれほどの何かがあったのだと心配します)
  2. 質問をすると怒る先生
    この場合の質問とは、自分で調べたり考えてもわからなかったことというのを前提としております。よく仕事や授業を妨害する、少し前に言ったことを何度も何度も質問する場合や、全く自分で教科書やプリントすら確認しない人の質問とは異なります。
    私たちは新しいことを学ぶために学校へ通っています。自分で調べたり考えてもわからなかったことを質問することの何が悪いのでしょうか。もちろん忙しかったり、わからないことがあったりするのも理解しているので、その場合はその旨を伝えてくれれば全く問題ないのです。
    きっと先生にとっては中にはつまらない質問だなと思うこともあるかもしれません。でも私たちは、何がわからないかわからなかったり、どこが重要なポイントなのかわからず質問してしまうこともあるのです。それはまだ先生たちのような指導者と違って、未熟な学生では当然のことです。質問前に十分考えていったとしても。いい先生は、そのような時、どこでつまづいているのかを分析したり、この生徒にはどのような情報が必要なのか考えたり、こちらと対話をして問題解決の方法を模索してくれます。でもそれをする力のない先生は、生徒側が悪いとして一瞬にして不機嫌になるのです。
    (ただ、中には先生を試すような質問をしたり、重箱の隅をつつくような質問をしたりする人もいるのでそれは先生も怒ってしまっても仕方ないかなと思います)
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